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今週の話題

(2001年掲載分)

1

いるかの教え


かねてからいるかというものはえらいもんだと感心していたのですが、最近この考えに賛成してくれる人がいたのでここに書きます。いるかや象はずいぶん知能が高いらしい。いるかや象の振る舞いを見ているとそれが正しいと想像できる。このごろ私は思うのだ。いるかだって洋服をつくることだってできたのだ。でもその能力を持っていながらやらなかった。どうしてか。

そう、未来を予測していたから。文明の発達している国の文化はどうも寂しい感じになってくる。ものが豊かになればなるほど、自然は侵されるし人間関係も希薄になる。でもみんな誰だってかっこいいものやら便利なものが好きに決まってる。もう何もかも手に入れたらやっと気がつくの失ったものに。自分の愚かさに。でもそんなことはみ〜んないるかは知っていた。だから靴もはかなかったし、帽子もかぶらなかったのさ。もちろん作ることはできたんだけど、全然いらなかったのだから。足ひれやゴーグルだっていらない。裸が一番いい、と知っていたから。

そして寂しくなった人間はいるかの群れに会いに行ったり、ときには一緒に泳いでもらって癒されている、ふ〜う、一番かしこかったのはいるか・・。

2

路地

ネパールの建物は繊細なつくりの木造だ。部分部分が小さくて、じっと見ていると何もかもが錯覚のように感じる。でも窓辺の女ははみ出しながらも当たり前のようにくつろいでいる。変な感じがしているのは自分だけなのかも、そのうちどんどん異次元に入っていって、この世界そのものがふざけているような気までする。ふらふらひとりで歩いているととてもいいきもちになる。あるときいきなり細い路地で葬列に出くわして、泣き女の迫力にびっくりした。

火葬式のおみこしをかついで楽しかったサピ

老人の芸


バリのマス村で寺の大祭りの夜に見た年取った踊り手の舞台が忘れられずいたところ、この前、名前がやっとわかった。イブ・チュニック(チュニックおばさん)だった。踊りは、ジョゲの一人芝居で出し物はチャロナランといって、ひとりで魔女やらランダやらバロンやら次々に変身して踊る高度な技なんだけど、もう目は釘付けになってしまった。現地の人々にも尊敬されている高齢の有名な舞踊家だった。ほんまに老人の芸人にはなんとすごい人がいるものだろう。今まで見た中で最高の演者だった。他にもおじいちゃんですごい踊り手を見たことがある。これはトゥブサヤ村の死の寺の祭りの集団演劇のチャロナランで、出てきただけで観客が笑い出すほどの雰囲気、指の動きだけで笑いが止まらなくなるほどの芸だった。この前の日曜日、バナナホールで登川誠仁さんのライブを見たけど、これもすばらしかった。味わい深い。めざすは老人のパワーである。


憧れの歌手

ニナ・ハーゲン、エリス・レジーナ、イブライム・フェレール、登川誠仁、1985年3月に見たミュージカルCatsで老猫を演じていた役者


人生で大切なこと

天体観測

11月19日の早朝は獅子座流星群。流星雨!か!6月21日皆既日食。この世のものとは思えなかったぞ。たとえば日々の太陽観察によって、天体観測精神により一層の磨きをかけよう。

百年の孤独(G.G.マルケス)

感性そのものが奇想天外、地球の裏側ともなるとこれほど違うのか、ぐいぐい引き込まれてしばらく帰ってこれなくなる。

どくろ杯(金子光晴)

東南アジア的だらしなさが詩情たっぷりでたまらない。ねむれ巴里、西ひがしとで3部作。

人間を求め、もっとも望んでいるところでその体臭に苦しくなる、どこでも折り合えず、逃げるばかりでどこにも行けず、、、、まとまりのないまま世界を漂っているかんじ?

冗談(ミラン・クンデラ)

存在の耐えられない軽さを考察できる。

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